三井財閥の黄金期
三井合名理事長の団は日本工業倶楽部の初代理事長、日経連会長も兼ね、このころが三井財閥の黄金期でもありました。しかし、ウォール街の株価大暴落、世界恐慌の荒波が押し寄せ、金解禁、昭和恐慌のなかで、財閥批判が起こり、「三井はドル買いで大もうけ」とたたかれるようになります。1932年に、団は、出勤しようと三越側の玄関を上がりかけたところで、国粋主義テロリストの凶弾に倒れることになります。自らの手で建設した館で引きを引き取ることとなったのです。その後、五・一五事件が起こり、日本は暗い戦時統制体制へと入っていきます。戦後は、財閥解体の動きを経て、各社は独自の道を歩むこととなり、三井本館は、三井財閥「総本山」としての役割を終えることになります。
